カテゴリ:心の法則( 2 )

本当のきもち

テレビに足の悪い尼さんが出ていました。
その尼さんは、恋もするし、とんかつだって食べる。やりたいことはなんでもします。なぜなら彼女にとっては、戒律を破る事よりも

「嘘をつくのが一番いけないことだから」

“嘘をつく”と聞くと、多くの人が自分以外の他人に対して嘘をつく事を連想すると思いますが、彼女の“嘘”はちょっと違います。
尼さんだって、本当は恋をしたら気持ちを抑えられないし、お肉だって食べたい。
だから、彼女は自分の心に嘘をつかない

それって、わがままだと思いますか?
だったら、尼さんになんてならなきゃ良かったのに、って思いますか?

私はそうは思いません。
それは、私も自分の心に嘘をつかないのが一番大切なことだと思うから。

常識なんてしょせん、多数決の世界。
大切なのは人からどう見られるか、ではなく、
自分がしている事を自分の良心が許せるか、ということ。

そして、自分自身に嘘をつかないと言う事は、自分の本当の気持ちを認めてあげるということ。

人は、思っている以上に常識と言う枠に自分を当てはめてたり、環境に振り回されたりしながら物事を考えていると私は思います。
なぜ、そうしなければいけないのか?
なぜ、それをしてはいけないと思うのか?
根本的に物事の原因をたどっていけば、それは自分自身の考えから生まれた結果ではなく、ただ、常識に当てはめているだけということだって多いはず。

「いい人だと思われたい」
「人に嫌われたくない」

そんな思いから、自分の心に対して小さな嘘をついていませんか?
自分の本当の気持ちをもっともっと愛してあげてください。
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by babyRyu | 2005-02-26 00:12 | 心の法則

心と言葉

皆さんは、言葉が美しいと感じたことがあるでしょうか?

私は、山田詠美さんの紡ぎ出す言葉の美しさに感動してから、言葉をとても意識するようになりました。なぜならば、彼女の言葉は“自分自身の言葉”だから。

言葉って、そもそも人から人へと意思を伝える為の共通のツールですよね?
でもね、ツールは共通でも、人それぞれの感情って全く共通ではないと思うんです。人には、それぞれの感情があるのに、その感情の数に合うだけの言葉ってないと思いません?
みんなが「楽しい!」と感じた事でも、自分は「つまらない」と思ったとかそういうことではなくて、どう楽しいかって微妙に違うでしょう?

たとえば、私は山田詠美さんのことを書くときに、「彼女が書く言葉」とは書かずに、あえて「紡ぎ出す言葉」と書くことにしています。それはなぜか?彼女の言葉は決して自分の心に対して軽率ではないからです。
自分の心は本当はどう感じているのか?自分の心に問いかけながら、それにしっくりと当てはまる言葉を捜して、いくつもの「心」に近い言葉を紡ぎ合わせていく。そういう丁寧さを感じるのです。だからこそ、簡単に「彼女が書く言葉」とは書かずに、「彼女が紡ぎ出す言葉」とどうしても書きたいのです。

自分の心から遠い言葉を使う、というのはある意味で嘘をついているように私は感じるのです。だから、自分の心について語るとき、私もなるべく自分の心にキチンと向き合うようにしています。「この言葉で本当にあっているだろうか?」と問いかけながら。

大岡信先生の『言葉の力』という随筆を読んだ事があるでしょうか?教科書に載っていたので、読んだ事がある人も多いかもしれませんが、私は大岡先生が書かれたこの話も大好きです。

この桜の話のように、人間の心も感じたままにそのままで表現できたら、美しい桜色の言葉となって現れ、人を感動させたり、救ったり、そしてまた多くの誤解を防いだりする事が出来るのだろうと思います。
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by babyRyu | 2004-11-12 22:54 | 心の法則