心と言葉

皆さんは、言葉が美しいと感じたことがあるでしょうか?

私は、山田詠美さんの紡ぎ出す言葉の美しさに感動してから、言葉をとても意識するようになりました。なぜならば、彼女の言葉は“自分自身の言葉”だから。

言葉って、そもそも人から人へと意思を伝える為の共通のツールですよね?
でもね、ツールは共通でも、人それぞれの感情って全く共通ではないと思うんです。人には、それぞれの感情があるのに、その感情の数に合うだけの言葉ってないと思いません?
みんなが「楽しい!」と感じた事でも、自分は「つまらない」と思ったとかそういうことではなくて、どう楽しいかって微妙に違うでしょう?

たとえば、私は山田詠美さんのことを書くときに、「彼女が書く言葉」とは書かずに、あえて「紡ぎ出す言葉」と書くことにしています。それはなぜか?彼女の言葉は決して自分の心に対して軽率ではないからです。
自分の心は本当はどう感じているのか?自分の心に問いかけながら、それにしっくりと当てはまる言葉を捜して、いくつもの「心」に近い言葉を紡ぎ合わせていく。そういう丁寧さを感じるのです。だからこそ、簡単に「彼女が書く言葉」とは書かずに、「彼女が紡ぎ出す言葉」とどうしても書きたいのです。

自分の心から遠い言葉を使う、というのはある意味で嘘をついているように私は感じるのです。だから、自分の心について語るとき、私もなるべく自分の心にキチンと向き合うようにしています。「この言葉で本当にあっているだろうか?」と問いかけながら。

大岡信先生の『言葉の力』という随筆を読んだ事があるでしょうか?教科書に載っていたので、読んだ事がある人も多いかもしれませんが、私は大岡先生が書かれたこの話も大好きです。

この桜の話のように、人間の心も感じたままにそのままで表現できたら、美しい桜色の言葉となって現れ、人を感動させたり、救ったり、そしてまた多くの誤解を防いだりする事が出来るのだろうと思います。
[PR]
by babyRyu | 2004-11-12 22:54 | 心の法則
<< 母 幸せの分量 >>