本当のきもち

テレビに足の悪い尼さんが出ていました。
その尼さんは、恋もするし、とんかつだって食べる。やりたいことはなんでもします。なぜなら彼女にとっては、戒律を破る事よりも

「嘘をつくのが一番いけないことだから」

“嘘をつく”と聞くと、多くの人が自分以外の他人に対して嘘をつく事を連想すると思いますが、彼女の“嘘”はちょっと違います。
尼さんだって、本当は恋をしたら気持ちを抑えられないし、お肉だって食べたい。
だから、彼女は自分の心に嘘をつかない

それって、わがままだと思いますか?
だったら、尼さんになんてならなきゃ良かったのに、って思いますか?

私はそうは思いません。
それは、私も自分の心に嘘をつかないのが一番大切なことだと思うから。

常識なんてしょせん、多数決の世界。
大切なのは人からどう見られるか、ではなく、
自分がしている事を自分の良心が許せるか、ということ。

そして、自分自身に嘘をつかないと言う事は、自分の本当の気持ちを認めてあげるということ。

人は、思っている以上に常識と言う枠に自分を当てはめてたり、環境に振り回されたりしながら物事を考えていると私は思います。
なぜ、そうしなければいけないのか?
なぜ、それをしてはいけないと思うのか?
根本的に物事の原因をたどっていけば、それは自分自身の考えから生まれた結果ではなく、ただ、常識に当てはめているだけということだって多いはず。

「いい人だと思われたい」
「人に嫌われたくない」

そんな思いから、自分の心に対して小さな嘘をついていませんか?
自分の本当の気持ちをもっともっと愛してあげてください。
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# by babyRyu | 2005-02-26 00:12 | 心の法則

私の母はいつも泣いていました。
「この子は可哀想だ」
と言って、いつも泣いていました。

それで私が
「そうか、私は可哀想なんだ」
と思うような子供だったら、もっと不幸になっていたり、
「私は可哀想なんだから」
と他人に対してわがままを貫き通すような人間になっていたかもしれません。

でも、いつだって
「私は可哀想じゃない」
と思っていました。

しあわせは いつも じぶんの こころが きめる
                         (相田みつをさんの言葉)
                    
私のしあわせも、わたしのこころがきめる。
だから私はいつだって、しあわせ。

私が結婚するといった夜、
母はやっぱり実家に電話をして泣いていました。

これからも私が幸せで暮らすことが母のしあわせ。
母のしあわせは、私の幸せ。

母の心の重荷が
いつの日か解き放たれますように・・・
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# by babyRyu | 2004-12-13 12:08

心と言葉

皆さんは、言葉が美しいと感じたことがあるでしょうか?

私は、山田詠美さんの紡ぎ出す言葉の美しさに感動してから、言葉をとても意識するようになりました。なぜならば、彼女の言葉は“自分自身の言葉”だから。

言葉って、そもそも人から人へと意思を伝える為の共通のツールですよね?
でもね、ツールは共通でも、人それぞれの感情って全く共通ではないと思うんです。人には、それぞれの感情があるのに、その感情の数に合うだけの言葉ってないと思いません?
みんなが「楽しい!」と感じた事でも、自分は「つまらない」と思ったとかそういうことではなくて、どう楽しいかって微妙に違うでしょう?

たとえば、私は山田詠美さんのことを書くときに、「彼女が書く言葉」とは書かずに、あえて「紡ぎ出す言葉」と書くことにしています。それはなぜか?彼女の言葉は決して自分の心に対して軽率ではないからです。
自分の心は本当はどう感じているのか?自分の心に問いかけながら、それにしっくりと当てはまる言葉を捜して、いくつもの「心」に近い言葉を紡ぎ合わせていく。そういう丁寧さを感じるのです。だからこそ、簡単に「彼女が書く言葉」とは書かずに、「彼女が紡ぎ出す言葉」とどうしても書きたいのです。

自分の心から遠い言葉を使う、というのはある意味で嘘をついているように私は感じるのです。だから、自分の心について語るとき、私もなるべく自分の心にキチンと向き合うようにしています。「この言葉で本当にあっているだろうか?」と問いかけながら。

大岡信先生の『言葉の力』という随筆を読んだ事があるでしょうか?教科書に載っていたので、読んだ事がある人も多いかもしれませんが、私は大岡先生が書かれたこの話も大好きです。

この桜の話のように、人間の心も感じたままにそのままで表現できたら、美しい桜色の言葉となって現れ、人を感動させたり、救ったり、そしてまた多くの誤解を防いだりする事が出来るのだろうと思います。
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# by babyRyu | 2004-11-12 22:54 | 心の法則

幸せの分量

中学生の頃、『あさきゆめみし』という漫画が大好きでした。
その中に登場する、薄幸の姫君・朝顔の君の

「与えられた分だけ幸せ」

という台詞があったのですが、とくにこの台詞がお気に入りでした。
あまり欲を出さずに、今の幸せをしっかりと見つめるというこの姿勢が、初心な中学生の私にはたまらなく美しく感じたのです。
そうして与えらた幸せを噛みしめながら、その時その時を生きてきた私ですが、いま振り返ると、「え?幸せだった?」と思えるような過去も数知れず・・・(笑)

そして、あれから10年以上経った今思うこと。
それは、
「幸せの器は一度満たされたらもっと大きくしましょう!」
だって、器が大きければ、それだけたくさんの幸せが入ってくるじゃないですか(笑)
それに小さすぎたら、せっかく器に入ろうとした幸せが入れなくて溢れてしまうし・・・。
それじゃあもったいないと思いません?

でも、器を大きくするってどうしたらいいの?って思いますよね?
私は、「もっと幸せになりたい!」と思えばいいと思うんです。
もっとお金を得る事によって、幸せになれるんだったら「お金持ちになりたい!」と思えばいいし、結婚すれば幸せになれるんだったら「素敵な人と結婚したい!!」と思えば良いんです。
「そんな簡単なこと?」
って思った人って多いですよね。きっと。でも、心のどこかで
「どうせ私なんか・・・」とか「欲を出したら罰が当たる!」とか思っていませんか?
私は、そう思うことによって、すでに幸せになる事を放棄していることに気づいて欲しいと思います。

たとえば、何かをしていて、「私にはここまでしか出来ない」と思ったら、その人はそこまでしかやらないんです。そこまでしかやれない、んじゃなくて、やらない。もっとやれば出来るかもしれないのに。
初めてのこともそう。やる前から「私には出来ない」と思えば、出来ないし、「やれば出来るかも」と挑戦すれば出来るんです。やっても出来ないかも、って?いえいえ、出来るまでやれば、出来ない事なんて何もないんです。「出来ない」なんて、死ぬ間際に言えばいいでしょう!?

幸せだって同じことで、「私はもっと幸せになれる」と思ったら、もっともっと幸せになれるんです。幸せになれるはずなのに、どうしてなれないのか?と真剣に考えたとき、その原因が見えてくるはず。それさえ分かれば、あとは改善すればいいだけの話ですよね?
そしてこの時、大事なのは、

「不運の原因を決して人のせいにしないこと」

それはなぜか?人のせいにしてしまったら、改善できないからです。
自分を変える事は簡単ですが、人を変える事はとても難しいのです。それだったら、本当に他人のせいだとしても、自分のせいにしたほうが楽じゃないですか(笑)

あなたは「幸せの分量」どれぐらいにしますか?
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# by babyRyu | 2004-11-11 17:34

□■『心の健康オタク』■□

この間、テレビを見ていて石田ゆり子さんが「体の中に悪いものを入れたくないので、体に良いものを食べる」というような事を言っていました。それを聞いて、「私は心の健康オタクかも」と思いました。自分の食べるものに気を使った事はないけれど、自分の感情には気を使います。嫌な事があっても、頭に来る事があっても、なるべくその感情を自分の中に残しておきたくないので、全然違う楽しい事を考える癖がずいぶん前から付いています。根本的な解決にはならないけど、心が健康であれば、体も健康でいられるような気がします。楽しく生きても人生、怒りながら生きても人生、 どうせ同じ年月だけ生きるなら、楽しく生きていったほうが良い、というのは私の母の言葉ですが、まったくその通りだと思います。
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# by babyRyu | 2004-11-11 14:43

□■『冬を楽しみましょ』 ■□

メルボルンに住んでいた頃、町を散歩していると真冬だというのに、オープンカフェの外テーブルに腰を掛け、コーヒーを飲みながらおしゃべりを楽しんでいる人を多く見かけました。始めは、「この寒い中なんでわざわざ・・・」と思いましたが、見慣れてくると彼らが寒さを楽しんでいるらしいことを発見。暑いときは暑さを、寒いときは寒さを楽しむ彼らを見てからというもの、毎日が以前よりちょっぴり楽しくなりました。寒い日には寒い日の楽しみがある。そう思うと一日一日がより特別になっていきます。そんな毎日の楽しみ方を見つけることが出来て幸せ。
オーストラリアの人たちからそんな楽しみ方を教わった事もまた幸せ。小さな幸せ度数がどんどん上がっていきます。ふふふ。
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# by babyRyu | 2004-11-11 14:41

■□『風水と占いと私』□■

ちょっと前まで、すべての願い、たとえば何かになりたいとか,もっと幸せに暮らしたいとか、もっとお金が欲しいとか、そういうことは、努力のみで叶うものだと思っていました。
でも、最近その考えが、少し変わりました。もちろん、自分の求める事に対しての100%の努力は今でも大事だと思っています。ですが、その努力も発揮する良いタイミングを逃したり、タイミングを自分の力で引き寄せられなければ無駄に終わってしまうような気がするのです。
そう思うから風水で、少しでも良い運気が家に入って来るように仕向け、占いで、いつが一番自分にとってタイミングが良いのかを見るようになりました。
そうして二人で決めた結婚の時期。そして幸せに暮らしていくために二人で続けている努力。今のところ、喧嘩もせずに毎日過ごしているので、うまく行っているようです。
幸せになるのも、努力が必要だと私は思っています。皆さんは幸せになる努力、してますか?
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# by babyRyu | 2004-11-11 14:40

■□『私の神様』□■ 

突然ですが、神様って信じますか?
私は、一番に自分の力を信じます。自分の周りで起きるすべての幸福な出来事も、不幸な出来事も自分の過去が引き起こしているものだといつの頃からか思うようになりました。そう思うと、どんな不幸な出来事が起こっても、「こうなるべくしてなったんだ」という諦めと、そこから這い上がる自分の力を試されているような、過去の自分から「切り抜けられる?」と課題を与えられたような気持になります。何事も人のせいにしてしまえば、簡単ですが、まず自分の問題と捉えて解決していく方法を探していけば、次に来る難題は、もっと簡単に解けるようになるはず。そうして、難しい問題なんてどんどん減っていくのではないでしょうか。私の神様は、自分の中で冷静に私を見つめてくれる、もう一人の自分です。
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# by babyRyu | 2004-11-11 14:39

■□『他人の本棚』□■

人の家に招待された時、その家に本棚があったりすると思わずどんな本があるのかチェックしてしまいます。本棚を見ると、その人の物の考え方や、どんな人が好きかというのが見えてくるので。
私がどうしても受け入れられない作家の本をたくさん並べている人も、私にはさっぱり理解できない本を並べている人もいます。そういうセレクトを見ていると、どうしても理解し合えない人というのはやっぱりいるんだな、と思います。
最近になって、世の中には男と女の違いと同じぐらい、はっきりした境目がある、と思うようになりました。一方は、現状の中に幸せを求め、感性のみで心豊かに、弱い心を労わってあげながら生きていこうとする人たち。もう一方はクリティカルに物事を捉え、現状に満足せずより一層の幸せを求めて生きていこうとする人たち。私は言わずと知れた後者。前者の方から見れば、私のようなタイプは随分と強欲で繊細さにかけた、攻撃的な人間に見えるのだと思います。そして、前者の方たちのほうが、私のような人間と自分を比較したり、比較されたりして心に病気を抱えるやすいんじゃないかな、と思います。
お互いが理解しあうことは簡単ではないけれど、そういう風に考える人もいるんだ、と認め合うこと、認めようとする努力は出来るのではないでしょうか。
そうしてお互いが認め合い、お互いを批判することよりも、自分の気持ちを大切にすることに力を注げば、世界はもっと住みやすくなる、私はそう思います。
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# by babyRyu | 2004-11-11 14:38

■□『想像力と優しさの相関関係』□■

最近、優しさというのは想像力の賜物かな、と思います。
こんな事を言ったら、相手は悲しむんじゃないか、こんな事をしたら人に迷惑をかけるんじゃないか。そんな一人一人の想像力が優しさとなり、お互いを気遣いあう優しさとなるのではないかなと思います。
むやみに争いあう事を止め、まずは、今、あなたの隣にいる人に優しくする事から始めてください。世界を変えるのは、政府ではなく、一人一人の想像力と優しさなのだから。
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# by babyRyu | 2004-04-16 14:35